オカルト系

首だけで彷徨った「交響曲の父」ハイドン!?150年間人手に渡り続けた生首?作曲家ハイドンの悲しい死後のお話・・・

首だけで彷徨った「交響曲の父」ハイドン!?150年間人手に渡り続けた生首?作曲家ハイドンの悲しい死後のお話・・・

偉大な音楽家
そう彼らにはいつも
何かとてつもないストーリーをもっている

死ぬ前に自分のドッペルゲンガーに
レクイエムを書かされて死んだ!?

モーツァルト!
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聴力を失いながらも
名曲を残した

しかも実はスパイだった!?
ベートーベン!Beethoven

そして今回は
『交響曲の父』
ハイドンだ!images (1)

ハーイ!ドーン!
ドーン!ドーン!images

大音楽家!!
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン!

彼は1732年に生まれ、1809年に没した。
みんな知ってると思うけど。。。
ベートーベンやモーツァルトとも親交のあった
名前はハイドンだけど
偉大な音楽家です。

今回はこのハイドンの悲しいお話をやります。
残念なのは名前だけではなかったのです。

彼は死んでしまった後。。。
酷い目に。。。。。

オーストラリア王国の監獄所の所長
ヨハン・ペーター
彼のおかげで、ハイドンは
150年間安らかに眠る事を許されなかった

何と、このヨハン・ヘンタイが
ハイドンの首を墓から持ち出したのだ!

最低です
ホントヘンタイで
タイヘンです!

カール・フォン・コーゼルしか思い出せません。
エレナ。。。。W
エレナ

このペーターさんは
「骨相学」という、
何のためにかよくわからないけど
頭蓋骨を調べるために
頭蓋骨をコレクションしていた!

つまりヘンタイさんだったのだ!
ヘンタイ所長ペーターだったのだ!

そんなヘンタイ所長がある日の
ハイドン死亡のニュースを聞き
目を付けてしまったのだ。
『げへへ。天才の頭蓋骨!うへへ。』

可哀想なハイドンである

ヘンタイ所長ペーターは
生首に化学処理!
キレイに頭蓋骨にした。
そしてヘンタイ根性で
色々な角度から測定・分析を行った。

「ハイドンの頭蓋骨には音楽丘の隆起が見られる。」
という論文を書いて
仲間内に自慢しまくったそうである。

ヘンタイ共は理解できない。

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しかしながら
そんな時にもう1人のヘンタイが現れた。
カール・ローゼンバウムさんである。

彼は頭蓋骨マニアではなく
ハイドンマニアだったのだ。

ハイドンだけで白飯3杯はいける
熱狂的なハイドン崇拝者だった

そんな彼が
ペーター所長を訪ねてきたのだ。

ローゼンバウムさんがあまりにも
ハイドン!ハイドン!首よこせ!
とうるさいのと。。。
ハイドン頭蓋骨に飽きがきていたのもあって。。。

ペーターさんは
ローゼンバウムさんに
頭蓋骨を譲ってやったのでした。

ハイドンスカルをゲットして
テンションアゲアゲな
ローゼンバウムさんは
自宅の玄関にハイドンスカルを飾った!

客が来るたびに
『ハイドンスカルいいでしょ〜?』
と自慢したそうな。。

そんな事になってるとは知らない
ハイドンが生涯のほとんどを費やした
エステルハージ家
その家主ニコラス2世Martin_Knoller_001
ハイドンが生前にアイゼンシュタットに
埋葬される事を願っていた事を知り
ハイドンの遺体をアイゼンシュタットに
移す事を考えたのである。

墓を開けたら首がねー!!

ニコラス2世は早速犯人を探し、
ヘンタイ所長ペータを問いつめ
ローゼンバウムまでたどり着いた。

来る客、来る客に自慢しすぎたため
すぐに足がつきました。
ローゼンバウム残念です。

ニコラス2世:
『ハイドンの首返せよ!金やるから返せよ!』
ローゼンバウム:
『はいよー』

しれっとした顔して、
ローゼンバウムさんは
偽物のスカルを送ってやったそうだ。
『がははは!ニコラスなんかにくれてやるものかー!』

ハイドンの我慢も限界だったのだろうか?
この頃から奇怪な出来事が起こり始めた。

ある夜、
ローゼンバウムの妻が、
この頭蓋骨から不気味なうなり声があがっているのを
はっきりと聞いたのである。
このような怪奇減少が度々起こり

ついにローゼンバウムさんも
ハイドンスカルが
アゴをカタカタ鳴らし
自宅の中を飛び回る

ホラーだったらB級レベルな
シーンを目撃してしまいます

そして
ローゼンバウムさんは
ハイドンスカルさんと
バイバイします。

しかし次に手に入れた人も
その次の人も
怪奇減少に悩まされ
その都度
首は転々と主を代えたそうな。

ハイドンスカル『墓にかえしてよー』skull-350x350

そしてついにハイドンが胴体のもとに帰る日が来ます。
第二次世界対戦後
ハイドンの胴体はソ連に移動
このタイミングで
「ハイドンの首と胴体を一つにしよう。」
と決まったのでした。

ハイドンスカル『めっちゃおそくねー?』

1954年8月21日、
故郷のアイゼンシュタットの墓地で
実に150年ぶりに首と胴体は一緒に埋葬されたのである。

めでたしめでたし!

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