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軍艦島〜実写版進撃の巨人のロケ地に採用◎島がまるごと廃墟になった島〜

軍艦島〜実写版進撃の巨人のロケ地に採用◎島がまるごと廃墟になった島〜

実写版「進撃の巨人」のロケ地として選ばれ、ますますメディアに露出が増えている『軍艦島』のお話です。
進撃の巨人にはぴったりのロケ地ですね。。。まったく。。。。いいところ狙ってやがるぜ!!

軍艦島という名前の島は実は存在しません。正式名所は端島(はしま)です。
通称が『軍艦島』なんです!そうなんです!

軍艦島は長崎県長崎市の沖合にあり、
1974年1月15日〜2009年までは自由に渡航する事ができなく、
約35年間ヒトが踏み入れることのない、島全体が廃墟になった島。
時間に取り残された、廃墟の楽園だったのです。
廃墟マニアにはたまりません。。!!

なぜ軍艦のような形になったかというと、1980年に三菱社の私有炭鉱として栄えた事が発端で、
石炭を掘り出す竪坑たくさん掘られる→労働者がガンガンあつまる→小さな町レベルの居住環境が整備される
このように段階毎に埋め立てが行われ、ついに1916年、端島には日本初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」が建設されます。
このように、まるで軍艦!?のような形が作られていったのです。

このコンクリート建造物を含む島の外観が日本海軍の戦艦「土佐」に似ている事から通称軍艦島と呼ばれるようになりました。

下記戦艦土佐の写真になります!

・・・確かに似ている。。。ような。。。

当時、ほとんどの建物は木造平屋もしくは2階建てでした、鉄筋コンクリートの集合住宅とはなかり目立ったことでしょう。

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軍艦島には炭鉱とその労働者の住宅以外に、学校、警察、病院はもちろん寺、映画館、理髪店、テニスコート、パチンコ店、雀荘、スナック、etc…etc…街として機能する事に必要なすべてが揃っていました。
なんかだ独立宣言できそうな、、、、感じですっw

みんな家族のようにくらし、必要なものはなんでも揃っていた、唯一足りないと言われていた緑も
実は屋上を有効活用し、屋上農園、屋上庭園がその当時実現されていたといいます。
今時のベンチャー企業みたいですねw

当時の最先端技術で、海底水道もひかれ、飲み水には苦労しなかったり、
また当時のあこがれ『ビフテキ』が庶民の食卓に並ぶ事も珍しくなかったという。。
儲かってたんですねw

この時の島の人口密度はなんと83,600人/平方キロメートルで当時の東京の9倍にも達しました。
なお、現在の東京中心部の人口密度は約20,000人/平方キロメートルなので今の渋谷や新宿の4倍も過密だったのです。

この人口過密にあわせた、住まいのスタイルそれが、
『鉄筋コンクリートの集合住宅』だったのです。

このような超過密な密閉空間である軍艦島

労働環境は劣悪なものでした。うだるあつさの中掘り続ける苦痛はもちろん、ガス爆発、出水、落盤、命の危険に晒されるのだ。

労働者は日本人だけでなく、約500~600人の中国人労働者や朝鮮人も過酷な条件で働いていました。

島から泳いで脱出する「島抜け」や自殺も多かった模様です。
傾向として

日本人→自殺(縊死)
朝鮮人→島抜け

が多く、失敗して溺死したり、捕まると見せしめに拷問されたようです。
そして、野母半島の住民は、軍艦島から労働者たちが命懸けで逃げ出してくるのを見て、「監獄島」とも呼ばれた程です。

その後、軍艦島は1960年の石炭から石油へ移行するエネルギー革命などの余波を受け、1974年1月15日に正式に閉山、
徐々に減っていた住人らも島を離れ、軍艦島は元の無人島に戻りました。

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おまけ:
■軍艦島にまつわるちょっと怖いはなし。。。

・いるはずのない子供の目撃数多数
・よくわからない声が聞こえる
・キャンプすると行方不明者がでる
等等廃墟なので、やはりそういったお話多いです。。下はネット上でみつけた軍艦島にまつわるちょっと怖い話です。

私とツレで好奇心故に無断で軍艦島に探索に行った。
私は当時のまま時が止まっている軍艦島に感動した。
存分に探索した後、昼間のうちに帰ることになった。
ボートに向かっている間、ツレが何度も後ろを確認している様子だった。
「いや、何かいるような気がして」
とんでもない、来ているのは私達だけなのだ。
ボートまであと少しという時に私は携帯が無いことに気づいた。
さっき転んだ時落としてしまったのだと思い、ツレをここで待たせ取りに行くことにした。
幸い50mほど戻った所で携帯はすぐ見つかった。
ツレの所に戻る間、ふと何かの視線を感じたが意識しないようにした。
その日無事私達は家に帰った。2日後私は写真の現像した写真を見て驚愕した。
それは心霊写真と言えるのか、なぜなら中年の汚ない男がハッキリと写っていたのだから。
ビルの影に隠れながらじっと私達を見ている、心霊と違いぼやけず写っている事が不気味だ。
私は何か思い当たる節があり、軍艦島関係の記事をネットでみてみた。
膨大な量に諦めかけていた時、それはあった。
30年も前の記事。
[少年五人軍艦島に行き一人行方不明]
[少年の捜索難航いまだ見つからず]
まさかと思いながらも写真を破り捨てた。
30年間もあんな孤島で生きていけるはずがない。
一体何者なのだろうか。。。。。。。
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